他人に「しんどい」と言うこと

は、個人的には必要以上に言えば言うほど、恥ずかしいことだと思っている。

確かに、素直にしんどいときはしんどいといえばいい。

しかし、ただ、自分がやっていることを他人に認めてもらうために発する「しんどい」という言葉。

自分だけがしんどいのか?

自分よりも努力している人がいるのではないか?

もっとしんどい思いをしている人がいるのではないか?

そういう可能性があるということを、是非もっと考えてもらいたい。

「しんどい」と言った瞬間、そこが発言した人のやりとげられる限界辺りを意味することになる。

僕は、これまで、「あいつはもっと努力している」、「もっと苦しい思いをしている」、「まだまだやれることはいっぱある」、そういう風に考えてきたため、必要以上にしんどいと言う人は、それだけで努力をしていないように見えてしまう。

本当に努力している人、そして、より高みを目指して努力を積み重ねていく人は、簡単に「しんどい」とは言えないはずだ。

そういう人達は、さらに努力をしている存在がいる可能性を理解していて、さらに、その存在以上になりたいと思うために、「しんどい」と言う言葉を発することができなくなるなのだ。

なぜなら、「しんどい」と言う言葉は、その可能性としての存在に対して、負けを認めることになるからである。

「しんどい」という言葉は、簡単に使ってはいけない・使うことのできないとても重要な言葉なのだ。

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