と、書くと、すごく批判的な感じに見えてしまうが、そういうわけではない。
小さいころに、多くの人が想像して楽しんでいたSFのような世界が、今ここで実現しているわけだから。
人々が想像したり、「こうだとおもしろいなー」と思うようなことを、いとも簡単に実世界に実現してしまうGoogleとMac。
本当に強烈な才能を感じる。
しかし、今回僕が思ったのは、みなが批判的に言っている「見える」ということに対してではないのだ。
本当にこれから、ストリートビューのような機能が進歩し、地球のすみずみまで見ることができるようになったとき、本当に懸念すべき点は、「見えない」ということなのだと思う。
つまり、地球上のあらゆる場所を写真で詳細に見れるようになったとき、Googleの本当の弱さが現れることになるはずだ。
今では、見えない場所が多すぎるため、見えないことに対する不安はないが、もし9割が見えるようになったとき、残りの1割の「見えない場所」というのは、何を意味するのだろうか・・・
それは、つまり、国レベルでGoogleに対し、「写すな」という強い圧力があたっときに生じるのではないだろうか。
Googleは今だに、「邪悪になるな」という、社が挙げている理念を通すことは、本当の意味でできていない。
国レベルの圧力に対しては、未だに無力なのである。
つまり、今の段階では、国からの圧力に対峙することができず、そのまま要望のある部分は写さないはずだ。
こうなってしまうと、その国の重要な場所が公に漏れることになり、本当の意味での「見られる」ということになってしまうのだ。
Googleは「邪悪にならず」に、全ての人間に平等に情報(ストリートビュー)を提供することができるのだろうか。
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いけるか?